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平田オリザ@首都大日野キャンパス

今日は学校で劇作家の平田オリザさんによる講演があった。

講演のタイトルは「芸術立国とリテラシー」ということでした。

結構いい話だったので、勝手に要約してしまいます。

コンテキスト

大阪大学で理系や医学・看護系の学生も演劇の授業をとっているという。なぜ、演劇を専攻している訳じゃないのに演劇の授業があるのか。なぜなら、演劇とは自分のコンテキスト外にあるセリフのコンテキストと自分のコンテキストをすり合わせるノウハウの集積であり、それを学ぶことで、相手と自分のコンテキストをすりあわせる訓練となるからだ。そうして言葉の裏にある相手の意図を理解したり、自分の意図を伝えることができるようになるという。

初対面の人に話しかける

多民族国家では自分は危険でないことをアピールする必要がある。しかし、日本ではその必要がない。だから、話しかけることに慣れてない。これをコミュニケーション能力がないと言うのは不適切で、コミュニケーション能力の質が違うからだという。

協調性から社交性へ

成熟社会となった日本ではもう、誰もが同じ商品に感動し幸せを感じることができる状況ではない。人の生活、志向はバラバラになっている。しかし、社会として成立するにはまとまらなければならない。それはたとえ心から分かりあえなくても、うまく付き合わなければならないということである。しかし、分かりあえなくても共有できることを見つけることでうまくつきあうことができるはずだ。

地方都市

ここ20年ほどで地方都市が荒れてきている。郊外にある新しいショッピングセンターの発展に対し、旧市街地の荒廃が進んでいる。そうした変化で床屋や銭湯といったコミュニティスペースも失われている。それによって社会の重層性も失われている。その結果として若者の居場所がなくなった。また、地方都市では成功するルートが一つしか存在せず、それから外れた若者には希望がなくなるという。

渋谷

渋谷は都市計画なしに発展した街で公園、広場がない。つまり、社会的弱者の居場所がないという。さらに、自警団がいることでなおさら雰囲気が悪くなっている。

劇場

現在、子どもは学校にしか居場所がなく、学校に居場所がなければどこにも行く場所がなくなってしまう。かつては公園があったが、今、昔のような公園を作っても社会に合わない。今の現実に合う場所と言うことで劇場を提案している。劇場とは自分の既存の人間関係では出会えないようなそうの人々に会うことができる出会いの場であるという。

芸術

芸術、文化、ボランティアなどの活動を通じることで、人の別の側面を知ることができる。そうすることで、誰かが誰かを知っているという状態になるという。

広場

民主主義に対話は必要不可欠。対話の場として広場が必要であるという。しかし、元来日本には広場というものがないという。

教育

これまでは与えられてきたことをこなせば済んだ時代だった。これからは自分で決めて責任をもつ時代になっている。しかし、教育がそうはなっていない。ないなら自分でどうにかするしかない。

感想

前半のコンテキストあたりの話はなかなか興味深かったが、後半の地方都市やら劇場、広場の話は珍しい解決策としておもしろかった。私のような学生よりははるかに見識が広いはずで、例示される内容は現実のものなのだろうけど、現実として思えない箇所もあった。

首都大日野キャンパスには取り壊した旧本棟跡地に広場を作る計画があるらしい。
学生、教員、地域住民などが交流できる場所としたいらしい。
また勝手なことをやっていやがる。
この大学に学生自治なんてものは存在しない。

さらに、日野キャンパスには50人規模の劇団サークルがあるということを初めて知った。
いつの間にできたのだろう。南大沢から来た人が持ってきたのだろうか?

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