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「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」を読んで

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

      

買ったきっかけ:
小飼弾氏の404 Blog not foundで強烈に推薦されていたので、たまにはそうして推薦されている本も読んでみようかと思った。

感想:
本書では日本語が今後も国語であり続けることができるのかというのが主題であり、筆者の主張は近代日本文学を継承するような国語教育を実施しなければ国語はただの現地語になるということであった。

私は1990年から2002年まで学校で国語教育を受けていた。しかし、国語の時間がいったい何の役に立つのかと当時は思っていた。本書で述べられているように国語とは自然に身につくものであると思っていた。

しかし、今となってはそのような考えはない。日常会話は生活していれば身につく。しかし、本書で述べられるような「読むべき言葉」、つまり論理的に考えるための言葉や小説のような文学をするための言葉は普段の生活で使われる言葉とは趣が異なる。どちらも過去の積み重ねを知らなければ自分の言葉を表すことができない。なぜなら、すでに確立された世界に自分の言葉を付け加えるからだ。

研究活動などで参考文献を探すときは英語の文献データベースを探すことがほとんどだ。なぜなら、日本語のデータベースと英語のデータベースでは量が英語の方が多いからだ。研究が他の研究とかぶっていない事を確認したり、自分のヒントになるような文献を探すには全体の量が多い方が使いやすい。また、自分の研究を発表するとして日本語で発表することに価値を見いだせない。自分の研究を多くの人に知ってもらうには必然的に英語で発表せざるを得ない。

そういった日本語の立ち位置や英語との使い分けなどを考えさせられる本であった。

工学に携わるうちは英語がメインになる可能性もある。外資系に入ったらなおさらそうなるだろうと思った。

おすすめポイント:
かつて、文部省の頃を含め、文部科学省が日本語から漢字を取り除こうと活動していたことは驚きだった。そして、日本人にとって日本語が当たり前すぎることが危険性を持っているという話も興味深い。

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

著者:水村 美苗

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

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